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一人暮らしという名の“ちいさな王国”を手に入れた俺は、家賃と食費の現実に殴られ、早々にアルバイトを探すことになった。
ちょうどその時、最寄りの駅から徒歩3分の「ゲームショップ」でアルバイトの張り紙を見つけた。
——ゲームショップ・スタッフ募集。
その瞬間、未来の俺が見えた。
新品ダンボールを開封しながら「このソフト、名作なんすよねぇ」と語り合うバイト仲間。
休憩室では攻略本を囲み、最新タイトルの情報交換。
閉店後には、店員同士で対戦会。
ゲームが“好き”であることが、初めて肯定される世界。
「これはもう、運命やろ」
そう思って面接に行った。
結果、採用。
そして、俺の人生初の“理想と現実のギャップ地獄”が始まった。
*
「ゲーム屋◯◯」
外観はくたびれた看板だけど、扉を開くとそこは天国だった。
PS2、ゲームキューブ、ドリームキャスト、ワンダースワン。
棚いっぱいのパッケージ。
試遊台から流れるBGM。
インクの匂いが混じった、あの“ゲーム屋の匂い”。
胸の奥が、じんわり熱くなった。
しかしそこで働くスタッフはというと——
女子大生の先輩A:「ゲーム?あー…全然やらへん(笑)」
男子大学生の先輩B:「俺、家にゲーム機ない」
爺(社長のコネで存在するバイト):「ゲームなんか子どもの遊びや。やっとれるか」
……ん?
え、ここゲーム屋ですよね?
いや、間違いなくゲーム屋なんだけど、どうも俺は“異物”らしい。
俺だけがテンション高くて、俺だけが棚の商品名を全部言えて、俺だけが発売日を暗記している。
新作タイトルの入荷日、神宮寺三郎の新作、ロマサガ3、スパロボの再生産—
俺の脳内スタートメニューは常に更新されていた。
だが、誰ひとり付いてこない。
昼休憩で「最近やってるゲーム何かあります?」って聞いたら
「え〜、あんまり…」で会話終了。
孤立、完成。
でも仕事は楽しかった。
レジに立って棚を見るだけでテンションが上がる。
小学生がお小遣い握りしめてカセット選んでる横顔なんて、涙ぐむほど美しい。
俺はちゃんと幸せだった。
ただ、閉店後のバックルームの空気だけは別だった。
爺の存在だ。
仕事がデキるタイプではないのにプライドは富士山。
若者が嫌いで、笑顔が嫌いで、態度は常に“怒っている誰かの代弁者”。
俺がレジの釣り銭を間違えると怒鳴る。
間違えてなくても怒鳴る。
女子大生がミスしても俺に怒鳴る。
たぶん、俺の“楽しそうな態度”が気に入らなかったんだろう。
「バイトの分際で調子に乗るな」
そんな空気を全身で投げつけてくる。
ある日、とうとう限界が来た。
いつものように爺に怒鳴られ、人格を否定され、それに対して俺は「いや〜すいませんウヘヘ」と笑ってやり過ごした。
笑った自分が、一番ムカついた。
その日の帰り道、冬の空気の中を歩きながら思った。
——俺はなんで、楽しむために始めた場所で、こんな顔してんだろう。
翌日のシフト。
爺と俺だけ。
最悪の組み合わせ。
開店から30分後、ついに衝突。
爺「お前ほんまに頭悪いな。辞めろや」
俺「……そうですね」
俺はエプロンを外し、バックルームを出た。
無言で自動ドアを抜けて、そのまま帰った。
勢いで携帯のカメラを取り出して、店の看板を写真に撮った。
(どんな精神状態やねん当時の俺)
あれが——ゲーム屋での最終勤務だった。
*
辞めた直後の心は、矛盾だらけだった。
爺から解放された安堵。
働かなくていいという甘い開放感。
けれど、あの棚に触れられなくなる寂しさも確かにあった。
理想の世界に入りたくて飛び込んだのに、
現実の人間関係ひとつであっさり崩れるほど、
俺の「夢」は脆かったのかもしれない。
ただ——
ゲームに囲まれて働けた数ヶ月は、紛れもなく俺の宝物だった。
あの日の店内の匂い、
新品のパッケージの光、
レジ越しに見た子どもの笑顔——
全部まだ覚えてる。
そして、辞めた日の夜。
部屋に戻って電気をつけた瞬間、思った。
俺にはまだ、“家でゲームができる人生”が残っている。
それだけで救われた。
——これが、ひとりウェーブ、最初の波だった。
人生を振り返る時、人は大きな出来事ばかりを思い出すものだ。
合格、不合格、失恋、成功──そんな節目こそが自分を形づくったのだと信じがちだ。
だが、やんまという青年の青春はそうではなかった。
彼の大学生活を動かしていたのは、
誰にも語られない、名もない出来事たちだった。
昼過ぎに起きる癖。
友達の部屋で食べた安い菓子パン。
原付で走った曇り空の帰り道。
そして、なぜか妙に印象に残る他人の泣き顔や、意味不明な会話の断片。
そんな、なんてことのない瞬間が、彼の青春のほとんどを占めていた。
そして、二十年経った今になって思うのだ。
あの頃の彼は、情けなくて、面白くて、そして確かに一生懸命だった。
やんまは大学進学と同時に一人暮らしを始めた。
そのスタートは決して立派ではない。
理想と現実の境目を知らない若者が、狭いワンルームに放り出されただけのことだ。
だが、その狭い部屋には、彼の未来が転がっていた。
自堕落も、友情も、失敗も、希望も、全部そこで育っていく。
この物語は、やんまが“何者でもなかった頃”の話だ。
就職が決まり、人生の方向が一応決まるよりずっと前。
彼が迷いながら、笑いながら、時にしくじりながら、
不器用に青春をくぐり抜けていた頃の物語である。
さて、そんな彼の大学生活の“最初の事件”は、
夢の一人暮らしの数日後に始まった。
近所のゲーム屋で働くことになったのだ。
ゲームが好きで、自由が好きで、うまくやれる気がしていた。
しかしこの選択こそ、やんまの人生に最初の“理不尽”を運んでくることになる。
それを彼はまだ知らない。